はじめに

私たちはいつから「この世界」に没入していたのか?

「イマーシブ」という言葉を、街のいたる場所で見かけるようになりました。
イマーシブシアター、イマーシブアート、イマーシブゲーム、イマーシブミュージアム――。
最新のデジタルアート空間に一歩足を踏み入れれば、壁一面、あるいは床にまでプロジェクションマッピングの映像が広がり、私たちは文字通り「映像の大海」を泳ぐような感覚を味わうことができます。あるいは、最新のVRゴーグルを装着すれば、一瞬にして現実の部屋から解放され、3Dの仮想現実空間へとトリップすることができます。

これらはすべて、最先端テクノロジーがもたらした、まったく新しいエンターテインメントであるかのように語られています。

しかし、本当にそうなのでしょうか。

人間の視野を映像で埋め尽くし、現実とフィクションの境界線を消し去りたいという「執念」の歴史を紐解くと、私たちはある驚くべき事実に突き当たります。現代のチームラボが提供する空間デザインも、ラスベガスに誕生した巨大球体アリーナ「The Sphere」の圧倒的な臨場感も、そしてAppleが提唱する「空間コンピューティング」の思想も、その設計図のすべては、すでに遥か過去における先駆者たちのチャレンジの中で始まっていて、そのいくつかの片鱗は当時の「博覧会」や「シアター」の中に描かれていたのです。

1970年の大阪万博。かつて日本の人々は、手すりだけが設置された椅子もないドームの中で、360度全方位から襲いかかる映像と500個以上のスピーカーが放つ立体音響に文字通り「身体」を揺さぶられ、悲鳴をあげていました。
1985年のつくば科学万博。現在のVRやメタバースの先祖となる「世界初の全天周3D・CG映画」が上映され、人々は偏光メガネをかけて宇宙の誕生をリアルな立体として体感していたのです。

本書は、今まさに一大トレンドとなっている「イマーシブコンテンツ」の本質を、単なる最新トレンドの紹介に留めず、その源流をコンテンツやメディアの歴史から解き明かした上でそこにある表現要素や技術要素を明らかにする試みです。

私たちはいつから、どのようにして「映像に包まれる快感」を知ったのか。
そして、かつての天才的な映像作家やエンジニアたちが命をかけて挑んだアナログの実験は、どのように現代のデジタル技術へと受け継がれたのか。
今、幕を開けつつある「没入の新時代」の正体を突き止めるため、まずはその熱狂のルーツの旅に出ることにしましょう。

この中では、序章としてコンテンツやメディアの進化の歴史に触れてみたいと思います。その上で、第1章の中でイマーシブコンテンツの歴史や源流としてのルーツを探ります。第2章、第3章では各論として表現要素や技術要素を話していきたいと思います。第4章では各界のインタビューを載せる予定です。

本書の目的は、単なる技術用語の羅列にとどまりません。「初心者クリエイター」「プロの撮影技師」「システム開発者」という、立場の異なる3つの視点をシームレスに繋ぎ、現場で真に流通する共通言語と、破綻のないコンテンツを生み出すための普遍的な設計指針を提供することにあります。