序章:コンテンツの進化
私たちがコンテンツと呼ぶようになったのはいつごろからなのでしょうか?そのためにコンテンツやメディアの発達の歴史から話をしてみたいと思います。
新コンテンツ・メディアの進化系譜
改めてメディアとコンテンツの進化を眺めてみるといくつか気がつく点があります。
それは、今日の新聞や出版に代表される文字の伝達、写真、映画、アニメなどに代表される映像、そして音楽、ゲームという風にメディアが出来上がって来た中で、近年のメディアはメディアというよりも情報と情報を扱うメタデータをいかに効率よく流通させるかというところに移ってきているように思われます。つまり今までの大きなマスメディアがコンテンツを流通させていくのではなく、いたるところにある小さなメディアやプラットフォームのユーザーたちが情報発信者となり、流通している情報や自らの情報を売りにしていく時代なのだということです。そこで少し、コンテンツやメディアの進化に関して考えてみたいと思います。

人間が伝えたいもの
人間が何かを誰かに伝えたいと思ったのは、現存しているものでは洞窟の壁画などがそれにあたります。何千年から何万年前の人類の祖先たちが真っ暗な洞窟の中で何かを伝えようとした形跡が今も残っているのです。その伝えようと思った「何か」こそ今日で言うコンテンツの原点なのかもしれません。
人間は元々手先が器用でものを掴んだり、投げたりすることが出来ます。絵を描くことも物を持った最初の頃から自然に覚えていったことかもしれません。その習慣が今度は文字を書くことに繋がっていきました。最初は貝殻や動物の毛皮の裏などに傷をつけて書いていた文字が、石盤になり、粘土板になり、やがてパピルスのような植物の茎をなめしたものになりました。そのうちに紙が発明され、紙に書くようになっていなります。それでも書いたものは、それひとつが唯一のものであり、他人へ渡してしまえば手元には残りません。複製というのはもう少し後に出てきた概念なのです。
グーテンベルグのもたらした活版印刷
15世紀半ば(1450年頃)、ヨハネス・グーテンべルクが活版による印刷技術を発明し、大量の印刷をすることが可能になりました。これが地上で始めての複製(コピー)の始まりでした。複製は人々に情報の伝達のスピードをアップさせました。遠いところにいる人に手紙や書物を届けることによって、情報が確実に届けられるようになりました。当時に新聞というマスメディアが生まれることにもつながっています(1605年、ドイツでヨハン・カロルスが世界初の印刷新聞を刊行)。活版印刷がマスという大量消費と大衆に向けてのメディアを作った最初の出来事でした。
壁画に描かれたのは今から何万年も前の古代人たちが狩猟や王位の継承を記すために残したものでした。その多くは、「語り継ぐ」という極めて原始的で基本的なものでした。
古代中国ではパピルスを紙の代用として使っていました。後に紙の製法が発明され、活版印刷による大量生産が始まります。石板というのは人類の発達において重要なファクターと言えるかもしれません。
モノリス(石板)の進化とともに
映画「2001年宇宙の旅」の中で人類の祖先は石板に遭遇した事で知能の進化が劇的にもたらされました。類人猿が動物の骨を武器として使い、それまでは狩猟の目的として使っていた道具というものを縄張り争いの同じ人種の仲間たちを倒すために使うことになります。そのシーンは、そのあとの骨を空中に放り投げ、当時米国航空会社の象徴であるPAN AMパンナム(Pan American Airways)の宇宙船に置き換わり、遥かな時空を一瞬に飛び越すような場面を見る事となります。




この70年のメディアの進化はまさに動物の骨が一瞬で宇宙船になるほど劇的でした。幼い頃は、まだ白黒だったテレビが総天然色(カラー)となって観音開きの扉とともにやって来ました。まさにリビングに大きなテレビがやって来た瞬間でした。大きな木箱の中のテレビには、ダイヤルとは違うボタンと言う代物とリモコンが付いていました。それまでTVチャンネルはダイヤルを回さなければ、変えることが出来なかったものでしたが、リモコンというとてつもなく小さくて、簡単な魔法の杖がテレビを離れたところからチャンネルを切り変えることを可能にしました。リビングの中のテレビとソファの距離を劇的に縮めました。
マクルーハンが予言したもの
かつて1960年代はマスメディアの台頭と位置づけられましたが、同時にマクルーハンの時代であったと言えます。当時、一世を風靡した社会学者であるマーシャル・マクルーハンのメディア論は未だに70年の歳月を経てもなお全く色褪せずに読めるのは皮肉なものです。中でも「技術やメディアの進化によって人間の身体的、感覚的な機能が拡張される」という言葉は、恐ろしいくらい今日を言い当てている気がします。

80年代に「ニューメディア」という言葉が流行ります。当時のニューメディアとは文字放送やキャプテンシステムのような副次放送や双方向、ケーブルテレビ、衛星放送などでした。まだネットワークの時代が来る前の頃になります。しかしそのニューメディアも新しいメディアとして、それまでのマスメディアにとって代わることはありませんでした。今となってはマスメディアもニューメディアもオールドメディアと名づけても構わないでしょう。
マスメディアの誕生と旧体制化
マスメディアは、この70年間のマスメディアの誕生と熟成の中で正直存在感をを失いつつあります。テレビを視聴したり、新聞を購読する習慣が明らかに減少しています。でも、この言葉は慎重に使わなければなりません。別にテレビや新聞を見なくなった訳ではありません。テレビは、今でもリビングの正面に置かれ、その存在感を発揮するために大型化の一歩を辿っています。新聞も発行部数では減少していますが、報道機関としての確固たるポジションは変わってはいません。生活の習慣が変化したのです。確かに70年代、80年代は、テレビの時代でした。家に帰ると家の明かりと テレビをつけるのが当たり前でした。しかし現在はどうでしょう。テレビは点けるかもしれません。でもテレビを見ているかといえば家族たちはそれぞれ思い思いのプライベートなひと時を楽しんでいます。スマホでゲームをする者、SNSをやるもの、タブレットでレシピの確認をする者、必ずしもテレビの前にいながら、実は全くテレビを見ていないかもしれません。新聞メディアからも情報を見るわけですが、必ずしも紙面を読むとは限らず、ネットニュースを追いかけているかもしれません。
「バック・トゥ・ザ・フューチャー2」で描かれた近未来
1989年に公開されたロバート・ゼメキス監督の「バックトゥーザフューチャー2」の中で未来が描かれていますが、その設定はなんと2015年です。クルマは空を飛び、中空のTEXACOの自動給油機でガソリンが入れられ、HOLOMAXと書かれた映画館では「JAWS19」が公開され、映画看板から3D立体のサメが飛び出してきます。タブレットPCやナイキの自動で靴ひもが締まるシューズも登場します。ホバーボードという空中浮遊が出来るボードも登場します。しかし意外とテレビなどのメディアの描かれ方は意図的かどうかはともかく大型でマルチチャンネルっぽい画面のみであまり変わり映えせずに描かれていました。
新しいメディアの潮流
クロスメディアという言葉もメディアミックスという言葉ももはや古いと言う感じがします。メディアの形態が常に変化している現在においてある特定のメディアを最終の手段や目的にしていく事自体がもはやナンセンスだからです。
これらの複雑に混ざり合ったメディアの状態は「クロスプラットフォーム」と言えるかもしれません。スマホや形態、SNSまでもメディアと呼ぶには大げさな感があります。メディアとは呼ばずにプラットフォームと呼び替えてみてはどうでしょうか。プラットフォームは、デバイスという言い方も出来るかもしれません。
「クロスプラットフォーム」は本来は、プログラムやアプリの世界で使われたいた言葉で、OSの壁やいわゆるゲーム実機の壁を取っ払っていかなるプラットフォームにも対応するという考え方です。ユーザーからしてみればプラットフォームに依存しない使い勝手が実現する訳で、いつでもどこでも何ででも”やれる”とか”見れる”が当たり前になりつつある、という訳です。私たちはもっと手軽にメディアやコンテンツを手中にしたとも言えます。
デジタルアニメの先に
1990年代半ばよりそれまでのセルアニメの制作がデジタルに置き換わり始めました。仕上げ(作画と動画中割り)の工程と撮影と呼ばれる今では背景との合成処理の工程がデジタルに対応し、そのためセルによる仕上げと呼ばれる彩色工程や線画台を用いたコマ撮りの撮影工程は急速になくなっていきました。線画台撮影という暗室スペースがすべてPC上での制作に置き換わっていきました。


2013年、最後のセルアニメとされる「サザエさん」をもって国内で制作されるTVアニメのすべてはデジタルアニメに置き換わることになりました。それどころか、3DCGの発展とCGによるセル画調の表現も可能になっていきました。セルシェーダー、あるいはトゥーンシェーダーと呼ばれる表現方法です。トレースラインとベタ塗り、影色の表現が出来るので作画の省力化や複雑なキャラクターを作り出せるようになりました。それによっていくつかのデジタルアニメの映画やアニメが製作されましたが、当初は余り評判は芳しくはありませんでした。それは、モーションキャプチャーによるナマっぽい動きに対してセル画調の表現がどうしても違和感を伴ういわゆる「不気味の谷」に当たるものだとされています。
そもそも日本のアニメーションは、ディズニーなどのトラディショナルなフルアニメとは一線を画する作画枚数を制限したり、口パクや目パチを別セルで描くバンクシステムを取る独自の表現方法を確立し進化してきた過程があります。これはリミテッドアニメ(※)と呼ばれる日本のアニメの独自路線でした。その日本のガラパゴス化が逆に独特の表現を生み出し、世界に認められたジャパニメーションの原型になったと言っても過言ではありません。
そしてここ数年、リミテッドアニメを踏襲する新しい3DCGアニメが見られる様になってきています。手描きアニメやリミテッドアニメのテイストを大事にする表現を意図的に作り出そうとしているのです。日本はいまだに3DCGと作画をミックスした独自のCGアニメ文化を踏襲していると言えます。
(※)リミテッドアニメ
秒24コマの作画をするフルアニメーションに対して秒6~8コマの「コマ打ち」というコマ数を少なくする手法をリミテッドアニメと呼ぶ
映画の進化がもたらす先に HFR
映画が誕生して135年を迎えました。リミュエール兄弟やエジソンらの功績によりシネマトグラフィーという新しい芸術のジャンルが確立されました。いくつかの技術の発明を経て、映画は大衆の娯楽としての地位を保っています。21世紀にはいり、ジョージ・ルーカスを筆頭とするハリウッド映画人たちのデジタルシネマへの積極的な働きかけにより、映画はフィルムから急速にデジタルに置き換わるに至りました。今では国内の映画館のほとんどがデジタルシネマに対応し、そのうち約3割が3Dシネマ対応しています。そして、長いこと続いた秒24コマの映画の歴史を変える新しいフレームレートの動きも出てきています。ピーター・ジャクソンやアン・リー、ジェームス・キャメロンらは新しい映画のフォーマットとしてHFR(ハイフレームレート)の映画制作に乗り出しています。HFRとは秒24コマ以上のフレームレートで映像を撮影、再生することを指します。
ピーター・ジャクソンは2012年から「ホビット」3部作をすべて48fpsで撮影し、3D立体映画を製作しました。アン・リーは「ビリー・リンの永遠の一日」(2016)、「ジェミニマン」(2019)で120fps3Dの映画を製作しました。ジェームス・キャメロンは、「アバター2、3」(2022、2025)で同じようにHFR(48fps)のフォーマットで3D映画を撮影しています。
VRの示すもの
VR CG短編アニメ『Pearl』(2016)VRで初!第89回アカデミー賞アニメ短編部門ノミネート
GoogleがGoogle Spotlight Storiesで展開している短編CGアニメのひとつ『Pearl』(2016)がアカデミー賞アニメ短編部門ノミネートされました。これは初めてアカデミー賞にノミネートされた360度VRの作品です。今までの360度にありがちな”これでもかと見せる”コンテンツとは違いクルマの車内からの定点映像にこだわり”大きく見せない”ことで情緒的な感動を呼ぶ仕立てになっています。
もうひとつ、
同じGoogle Spotlight Storiesで作られたVR作品を紹介しておきます。
『HELP』という実写とCGを組み合わせて作られたものです。制作は英国VFXスタジオTHE MILLです。撮影はRED Digital Camera4台をリグに組んで360°パノラマを撮影しています。ブルーバックのスタジオで撮影されたフッテージにVFXでクリーチャーやエフェクトが加えられています。
2016 Cannes Lionsカンヌライオンズ賞 – Gold Lion for Digital Craft: Technological Achievement in Digital Craft
スピルバーグ監督のVRへの警鐘
スティーブン・スピルバーグ監督は2016年のカンヌ国際映画祭でVRや360°パノラマ映像に対しての可能性を示唆しながらも、映像としての演出手法での監督の意図を伝えることが出来るかという警鐘を鳴らしています。
VR技術を「伝統的な映画製作にとって危険な進歩になるかもしれない」と指摘。この技術がもたらす視野の自由により「作り手が見せたいもの」より「観客が見たいもの」が優先されること。そして「全方位を見渡せて、どちらを見るか決められる世界に没入したとき、ストーリーが忘れられなければよいが」と懸念を述べています。
(2016年05月22日”HUFFPOST”The Blogより)
https://www.huffingtonpost.jp/engadget-japan/steven-spielberg-vr_b_10100668.html
これは決してVR技術やVRコンテンツを否定するものではないと思います。それどころか、VRの持つ可能性に対してもっと理解を深めながら取り組んでいこうとする意欲に満ちた言葉だと理解します。そういう意味でVRは今までの映画的手法とは違うものだと考える必要があります。
名作映画『ウェストサイドストーリー』(1961年)のリメイク
そんな彼が、1961年の名作『ウェストサイドストーリー』をわざわざ60年ぶりにリメイクしたのには古き良き時代の名作映画に対する深い思いがあったのだと思います。60年前の物語にあるエッセンスは決して色あせることはなく、新たな技術の中で再生されました。その演出的手法にはむしろ、そこから学ぶべきことの方が多いかもしれません。


そして、『レディプレーヤーワン』(2018)で近未来のVRメタバースの世界を描いています。その中では映画『シャイニング』の世界に入り込む主人公たちなどが描かれ、リアルとバーチャルがVR世界の中で混ざり合う不思議な空間を作り出しています。
AR、XRの進化の兆し リアルとバーチャルの融合
2017年、北京で開かれたeスポーツイベントは屋外の大きなアリーナ会場で行われました。オープニングセレモニーの中盤、突然咆哮と共に巨大なドラゴンが飛来します。アリーナの天井から観客席を一周飛来してセンターステージに降り立つのです。実はライブ配信でAR合成されたものでした。会場の人はこのARドラゴンを充分に堪能することは出来ませんでしたが、オンラインで視聴している人たちにとっては度肝を抜かれたと思います。
このAR合成を実現させたのは、UNREAL ENGINEによるリアルタイムグラフィックスの進歩があります。ここ数年のUNREAL ENGINEに代表とされるゲームエンジンとエンターテイメント分野の技術の発展です。カメラトラッキング、実写映像とバーチャルの同期とARXRなどの合成技術です。
Virtual Productionの登場
2019年、UNREAL ENGINEなどで有名なEpic Gamesが1本の映像を発表しました。
「Real-Time in-Camera VFX for Next-Gen Filmmaking」
この映像にはこんな説明がされています。
Real-time technology is transforming the art of filmmaking, with next-generation virtual production tools coming to Unreal Engine. At SIGGRAPH, Epic Games partnered with Lux Machina, Magnopus, Profile Studios, Quixel, ARRI, and DP Matt Workman to demonstrate how LED walls can provide not only virtual environments but also lighting for real-world elements, so the entire scene can be captured in camera in a single pass.
リアルタイム技術は映画制作にまで及んでおり、次世代のバーチャルプロダクションツールがUnreal Engineにも登場しています。SIGGRAPHでは、Epic GamesがLux Machina、Magnopus、Profile Studios、Quixel、ARRI、そしてDPのMatt Workmanと提携し、LEDウォールがバーチャルな環境だけでなく、リアルな要素としての照明も提供できることを実演しました。これにより、シーン全体をカメラで一度にキャプチャー(撮影)することが可能になるのです。
まさに撮影の現場(Production)にバーチャルな環境が押し寄せて来た瞬間でした。
これ以降、バーチャルプロダクションのスタジオは世界規模で広まり、今では世界に600~700、日本でも30~40のVPスタジオを数えるほどになっています。
バーチャルプロダクションの波は、映像の制作工程に大きな変化をもたらしました。今までのプリプロダクション、プロダクション、ポストプロダクションという撮影の現場を中心としたプロダクションのワークフローから撮影の現場にバーチャルの制作工程が侵入してくるという新たな制作工程を生み出しています。そのことは撮影の現場でCG、VFX、撮影、グレーディング、DIT、美術、照明が一堂に会し、すべてをその場で決定することにもつながっています。
これ以降、リアルとバーチャルの融合は加速していきます。しかも、リアルな場所や空間、時間の中で混在するまさに境界線のない世界です。すべての意思決定はその混在したリアルな場所で行われます。
ABBA Voyage
2022年10月、ロンドンの特設会場ではABBAによるライブ配信コンサートが行われました。収容3,000席の会場、291台のスピーカー、500台のムービングライトシステムが同期するバーチャルライブコンサートは連日満員で現在もなお公演を続けています。
The Sphere、Vision Proの衝撃
2023年6月、ラスベガス「The Sphere」のオープンしました。これにより圧倒的なドーム映像におけるイマーシブ体験は90mを超える巨大な空間での共通体験となっていきました。
2024年2月2日 (日本では2024年6月28日) 、Apple Vision Proの発売も今までのVRの概念を一新しました。それまではリアルとバーチャルには境界があり、そこを行ったり来たりする関係でしたが、Apple Vision Proの打ち出したSpatial(空間コンピューティング)の考え方はその境界線をことごとく破壊し、ボーダーレスの時代へと推し進めました。
ここまでコンテンツやメディアの進化を大きく捉えてきました。その中ではマクルーハンの言う「拡張」というキーワードが印象に残ります。ここ近年の技術の進歩や表現の進歩によって、私たちは新しい時代を迎えようとしているのです。
次の章ではいよいよイマーシブコンテンツに言及していきたいと思います。




